西尾市のグローバル人材

高 保芳(こう ほほう)

中国

高さんは、2004年~2007年に長野県に留学生として来日し、一度帰国した後に、2013年から安城市、2014年から西尾市に住んでいます。現在は、鶴城小学校内にある「日本語初期指導教室カラフル」で、外国にルーツがある子ども達の、日本語の支援員として働いています。

日本語は、どうやって勉強しましたか?

 私は最初に長野県に来日した頃、日本語が全く出来ませんでした。地元の3つの教室(金曜の夜、土曜の夜、日曜の朝)に2年間通いました。ボランティアの先生のおかげで日本語を理解できて、日本語能力検定1級もとって、大学院の卒業もできました。日本のボランティアの先生にとても感謝しています。
 次に日本に来たときは、子どもと一緒でした。インターネットで子ども達が日本語の勉強できるところを探し、西尾市国際交流協会「にしおっこカラフル」を見つけました。そこで菊池先生に出会って、今の自分にたどりました。最初、ボランティアをやるのは自分の子ども達のためでしたが、今の一番の支えは恩返しです。私はこの西尾市で自分なりのやり方で、今までお世話になった恩返しをしています。

町内会について

 町内会では2020年に班長をして、2021年は役員をしています。最初は、順番ということで私に依頼がきました。班長をする自信がなくて、町内会をやめてしまう人もいます。しかし私は、子どものためにも、自分のためにも挑戦することにしました。実際にやってみると、周りの人が丁寧に教えてくれたため、そこまで困ることはありませんでした。

最近、うれしかったことは?

 たまたま、小学校の入学案内のチラシを持って行った家に、インドネシア人の親子が住んでいました。話をすると、同じ西尾市国際交流協会の「日本語教室(木曜クラス)」で勉強をしていることが分かりました。そして、町内会への加入について提案をしてみると、「同じ外国人の私(高さん)が出来るなら」と言って加入してくれました。私が、他の外国人が挑戦するきっかけになれたことが、とてもうれしかったです。
 学校のPTAや、町内会の役員に挑戦することは、日本語や考え方の違いが問題にならないか不安になります。しかし、外国人に対して偏見を持たずに、応援をして欲しいです。私を他の外国人が見たときに、あのインドネシア人の親子のように挑戦するきっかけになれるようにしたいです。

日本語教員指導員になろうと思ったきっかけは?

子どもは、自分の意志とは関係なく、日本に来ることになりました。急に言葉の分からない国で生活することになり、とても不安だと思います。そんな子ども達を助けたいと思ったからです。

新しく西尾市に住む外国人に伝えたいことは?

 子どもの母語を大切にしてください。はじめは子ども達に日本語を覚えてもらうことに必死でした。子ども達は、今では日本語が話せるようになった代わりに、中国語を忘れてしまいました。2年前からは、家ですべて中国語を使うようにしました。
 子ども達は、給食を食べているので、中国料理より日本食の方が好きになりました。日本食の作り方は、学校の給食メニューに載っているレシピや、YouTubeを見て覚えました。